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『カタオモイ』
森元淳(もりもと あつし)、二十五歳。国内トップレベルの大学を、それなりに優秀な成績で卒業。
就職氷河期真っ只中などと言われてはいたが、世界にも名の知れた企業に就職。配属先は、花形部署。
大変ではあるけれどその分やり甲斐がある。それに何より、自分に不都合な部類の誘いを「忙しいから行けない」の一言で回避出来る。
そんな素晴らしい部署に配属され、早四年。仕事は順調、プライベートも、恋人という特別な存在は居ないけれどそれなりに遊ぶ相手に不自由はしていない。
傍目にみれば順風満帆。不満なんて言おうものなら顰蹙を買うだろうことは目に見えている。
だが、そんな現状に不満がある。唯一にして最大の不満。
それは十年以上抱え続けている、ある人物への想いを忘れさせてくれないことだ。忙殺されればこの想いも、という目論見は見事に外れた。
外れた、という表現は正しくないかもしれない。なぜならその相手と、今も進んで定期的に会っているからだ。そして今夜がその、定期的に会う日なのだ。
「森元」
浮き立つ心を周囲に悟られぬよう、普段より落ち着いて退社準備をしていたのが仇となったのか、時折合コンに誘ってくる同僚に声を掛けられてしまった。
「急で悪いんだけど、今夜の合コンに欠員出ちゃってさ。支払いはソイツがするんだけど、どう?」
「悪い、今日は先約があるんだ。また誘って?」
入社して半年を過ぎた頃に、お前がメンバーに居ると相手のレベルが上がるらしいから参加して、とニヤニヤしながら俺を合コンに誘う理由を正直に話す姿に妙な好感を持って以来、彼の誘いは基本的に断らないようにしていた。この突然の誘いも、きっとその行動が災いしたに違いない。
タダ酒、タダ飯は普段ならばとても魅力的なのだが断りを入れ、今度は手早く荷物をまとめてフロアを後にした。
◆◇◆
【来週金曜日、19時半に駅前。】
待ち合わせ場所――俺の自宅最寄駅だ――に着き、ちょうど一週間前の金曜日に受信したメールを読み返す。
それを受け取ってから必死に仕事に打ち込んでいたおかげで、約束まではあと二十分程度の余裕がある。
「淳」
少し緩んだ頬を引き締め、髪の毛を手櫛で整えていたところに声を掛けられた。少し低めの、だけど落ち着き過ぎていない、大好きな声。
声の主は待ち合わせの相手である、大塚慎吾(おおつか しんご)。高校から大学にかけての同期生で、十年以上恋い焦がれ続けている相手でもある。
「慎吾! 早かったな?」
慎吾は決して遅刻常習犯というわけではない。むしろ、遅くとも約束の五分前には到着するタイプだ。
俺が慎吾に早く会いたいがために必死で仕事を片付けているため、今回のように結果的には俺より到着が遅いというだけの話だ。
「あぁ、予定より一本早い電車に乗れたんだ」
どうして予定より早い電車に乗ることが出来たのかは聞かない。というより、怖くて聞くことができない。
なぜなら、早く俺に会いたくて急いだというような理由でないのが明白で、慎吾にとって俺は親友でしかない事実を改めて突き付けられるからだ。
「そっか」
いつも通り、挨拶らしい挨拶はせず並んで歩きだす。行き先は、普段からよく利用している大型スーパー。
二十四時間営業なので、残業等で深夜帰宅の際にも大変お世話になっている。ここでツマミの材料を購入した後、俺の部屋へ行くのだ。
◇◆◇
二~三ヶ月に一度、俺の部屋で飲み明かすのが大学時代からの習慣で、それは社会人になった今でも変わらない。
この習慣は大学卒業と同時に終わるものだと思っていたけれど、互いの勤務先が意外に近いこともあり未だに続いている。
ちなみに、会場は俺の部屋、酒の準備は慎吾、ツマミは一緒に作るというのが当時からの暗黙のルールだ。
「お前が半年以上も彼女居ないとか、溜まってんじゃねぇ? 俺が相手してやろうか?」
二人で俺の部屋で飲み明かす理由はただ一つ。慎吾が彼女と別れたときだけだ。
慎吾は本当にモテる。容姿はもちろん、大学に入ってからは大学の、就職してからは会社のネームバリューが加わり、高校までと比べ打算で近づく女が激増した。
打算で近づくだけあり相当したたかではあるが、女としての魅力も十分に備えた相手ばかりだ。
慎吾はそんな女たちを、言葉は悪いが、二~三ヶ月周期でとっかえひっかえしている。その慎吾に、半年以上も彼女が居ない。
彼女と別れたわけでもないのに俺の部屋に居る慎吾に、ちょっとした悪戯心が湧いてしまった。
実現すれば俺にとってはこの上なく幸せなことだし、実現しなかったとしても、酒の席での冗談。今日ならそう言い逃れできる。
慎吾はストレートだし、俺がゲイだとは知らない。そもそも彼女以外とは関係を持たないような奴だ。だから、いつもの冗談と同じように受け取ってくれる。
「あつし」
わずかに艶を孕んだ目で見つめられ、腕をとられ体ごと強い力で慎吾の方へと引き寄せられる。
「しん、ご?」
密かに望んでいたとはいえ予想だにしていなかった出来事に、思わず抵抗してしまうが唇を塞がれてしまう。
舌で唇をつつかれ、くすぐったさに唇を開いた瞬間に慎吾の舌が口内に侵入してくる。
歯列をなぞられ、舌を吸われ絡められ、口内はどちらのものとも知れない唾液でいっぱいになる。
ラグの上に押し倒されたところで、ようやく唇を解放された。
「相手、してくれるんだろう?」
逆光で表情は分からないが楽しげな声であることから、きっと慎吾は笑っているのだろう。
返事の代わりに、今度は自分から軽く口づけた。
◇◆◇
これが恋人同士の甘い行為だったならば、行為中にも愛を囁きあったりしたのだろうか。
行為自体は幾度となく経験しているが、恋人と呼べる存在が居たことがないので分からない。
本当は冷たいシーツではなく、慎吾の温かな手を掴みたい。指を絡めあいたかった。
「なぁ、これからも相手してよ」
怠さの残る体を起こしミネラルウォーターを取りに行こうとしていたところに、思わぬ言葉を掛けられた。
「は?」
今、何と言った?
「俺ら、体の相性も良いみたいだし。な、駄目?」
「……良いよ」
十年以上、蓋をしてきた気持ちだ。これから先も、蓋をし続ける気持ち。
親友という立場を失うことなく、セフレという新たな立場を得ることが出来た。だからこれは、喜ぶべきことなのだ。まだ慎吾の傍に居られる。
それだけではない。また体温を分かち合える。少なくともその間は彼を独占でき、その瞳に俺だけを映すことができる。
水を取ってくる、と全裸のまま部屋を出ていく慎吾が何だか妙に可愛く、ぼんやりと眺めながら片思いも悪くないと思った。
了
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